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ある視覚障害者の思い。【投稿記事】

 ブログ管理人に、視覚に障害を持つ方から投稿をいただきました。
ご本人の了承を得ましたのでご紹介します。

『視覚障害に対する無理解と偏見』:20代男性・弱視

 自分は4歳のときに白血病の再発により、右目0、左目0.01になってしまい、もう22年になります。
 大した量の人生経験ではないと言われることが多いですが、子供ながらにいろいろ感じたことはありました。
 まず、これは今も昔も変わっていないと思うことですが、晴眼者(世の中の人たち)の視覚障害者に対する理解度が低いということです。
 これは小学校に入ったか入らないかぐらいに親戚から言われたことですが、「お前の将来はもう決まっている。按摩、マッサージの仕事くらいしかできることはないんだ」とのことでした。
 それを聞いた自分は「なぜ視覚に障害を負っただけで、将来の仕事まで決められないといけないんだ。見え方は変わっても中身はそのままなのだから、他にも何かあるだろ。絶対に思い通りにはならないぞ」という思いを持つようになりました。
 それは今でも変わってはいませんが、「それなら何をするのだ?」と尋ねられると応えることができません。反発する気持ちばかりが前にいってしまい、何をしたいかが見つけられずにいるというのが現状です。
 また、いろいろ試してみようと実習などを申し込んでも「何をさせればよいのかわからない」といった回答ばかりです。1ヶ所だけ実習を受け入れてもらえたところはありましたが、実習最終日に正直な感想として言われたのは「ここまでできるとは意外だった」というものでした。
 つまり「視覚障害を持っている」=できることが少ない(無い)と思われていたということです。

 話は前後してしまいますが、小学校入学の際にはほとんどの親戚たちが盲学校に行かせるべきだという意見の中、当時の盲学校へのイメージがあまりよいと思っていなかった父などが反対し、普通学校に視覚障害があるということを隠して入学しました。
 隠した理由は現在のように特殊学級というのがまだそれほど充実していなかった時代であったため、他の親戚たちと同じく、盲学校へ行くことを勧められ、入学を断られるというのが明らかであったからだと考えられます。
 しかし、それは2年で終わりました。
 幼いときに母が亡くなっており、父が面倒を見てくれていたのですが、その父も病気で亡くなってしまい、3年からは叔母の家で育ててもらいました。
 ところが、障害があっても以前と同じように自分がやってみたいと興味を示したことに対しては、さまざまな工夫をしてやれるようにしてくれた父とは違い、叔母は「見えないのだから、何もできないに決まっている」という考え方を持っており、自分からやってみたいと申し出ても「無理に決まっている」とやり方さえ教えてくれなかったり、やり方を聞いただけで「聞くくらいならやるな」と言われ、強引にやって失敗すれば「ほら、やっぱりできなかっただろ」と2度とチャンスが巡ってこなかったりということがあったため、「最初から完璧にできなければ、やれるチャンスは巡って
こない」という考え方を持つようになりました。
 そのため、少しでも自分はできる人間なのだとアピールするためにどんなことにも一生懸命取り組みました。
 しかし、いくら努力しても周囲がわかろうとしてくれない限り、どれほど頑張っても認めてはもらえないのだと実感しました。

 現在は就労支援B型という仕事をやっています。これは場所によってやることが違っており、今いるところでは小さな自動車部品の箱を組みたてたり、中身の入った箱の蓋をし、ダンボールに詰めるといった梱包作業を分担してやっています。
 しかし、視覚障害者は自分1人なため、入ってすぐのころ(3年前)は晴眼の職員の人たちの説明がさっぱりわかりませんでした。それでもなんとか低く見られたくないという思いがあり、自分なりの方法を見つけて、今では晴眼の人たちより上回っているところも一部あります。
 それは箱の向きを確認する際に皆、目で見て判断するため、数千個の箱の中に折る方向が違っていたり、1つの箱に1つずつ部品を入れなければいけないところを数個入れてしまい、数が合わなくなったりということがあるところを自分は指先の感覚で判断し、1つ1つ1度持ち上げながら重さを確認して蓋をしたりという方法を取るため、ミスに気がつきやすいという有利なところがあります。
 これを使えば1つ1つ目をこらして確認せずともよいため、作業スピードが落ちるということがありません。また種類によってダンボールへの詰め方が変わってきたりするため、その法則性を覚えておけば、向きを間違えることもなく、他の人の間違えにも気付くことができます。
 自分としては、「この作業は君に任せた」などと、言ってもらえたらよいのですが、あくまでも流れ作業なため、「ミスがあれば他の人が気づいてくれるからやる必要はない」などと言って来る職員もいます。
 それは、まるで自分なりの努力が無駄だと言われている気がしてとても不愉快になります。

 見える人たちはどうしても目に頼ってしまうため、見えない(見えにくい)という感覚がわからないのかもしれません。
 また、よく自分の視力のことをを言うと「ぼんやりと見える感じですか?」、「文字は点字ですか?」、「1人で歩けますか?」といったことを聞かれますが、それは個人差があると思います。
 自分は4歳のときから視力の変動はありませんが、見えていたころのわずかな記憶を重ねて、物を見てきたため、慣れた建物内では白杖無しで普通に歩きます。
 そのため、晴眼者と間違えられたり、驚かれたりということがありますが、自分にとっては、それが普通の生活になっています。
 なので、「視覚障害を持っているから」という理由だけで勝手に人を判断するのではなく、その人の能力をしっかり見たうえで、判断してもらいたいものです。
 そのためには、もっと晴眼者と障害者が交流する機会を増やす必要があると思います。
晴眼者も障害者のことがわかるようになってくれば、理解しあえる世の中になってい
くのではないでしょうか?




<ブログ内での投稿者の思いに関連する記事>
視覚障害の様々な背景
「見える」と「見えない」の狭間
幼児、小児におけるロービジョン
視覚障害者の就労②(広がる可能性)

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コメント

貴重なお話をありがとうございました。

 私も幼少期からの弱視でした。裸眼は、両眼とも0.01でしたが、5歳ごろから、コンタクトレンズを使用して、0.3くらいまでは見えていました。自分にとっては、それが当たり前の世界でしたし、裸眼からコンタクトレンズを入れると自分では、見えているのだと思っていました。
 それから年数が経って、現在は、明るさがわかるくらいで、ほとんど見えません。

 私の場合には、盲学校という者を全く意識していませんでしたし、両親も、盲学校にまでとは、考えていなかったようにも思います。(今になっては確認できませんが、)
 その代わりに、学校の中でも、見えにくいということが何よりコンプレックスで、見えにくいということを説明したり、訴えたりすることは、何よりも苦痛でした。
 やはり、「見えにくい」ということを見える人(晴眼者)に、伝えるということも難しいことだと実感しています。そして、説明してもわかってくれないということも切実に感じています。

 今回いただいた投稿は、各地にある(投稿者の所属する)視覚障害者の団体での活動の方向性について、意見を発したいということで述べられたものだと思います。
 視覚障害に関わらず、様々な障害者に対する無理解や偏見をなくしてゆくためには、自分たちの様な障害当事者団体が、障害者同士の内向きな活動ではなく、広く障害について知ってもらうために、健常者も巻き込んでお互いの理解を深め合えるような活動を考えてゆくべきではないか、ということだと思います。
 このブログも、視覚障害者の団体として内向きになりがちにならないためにも、自分たちの思いや活動を広く知ってもらうことを目的としています。
 そして、いつか、障害が有っても誰もが普通に暮らせる世の中が実現できればよいと思います。

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 視覚障害とは、単に、目が見えない、見えにくいということだけではなく、そのことにより、日常生活や、就労、就学などにおいて、様々な制約や不利益など、社会的障壁によって生じることによる障害であるといえます。

 私たち府中視協は、日々の活動を通して“障害が有る無しに関わらず、誰もがいつまでも安心して暮らし続けられるまちづくり”を、市民の皆様とともに、進めてゆきたいと思っています。
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 このブログでは、こうした活動の報告や、視覚障害をより知っていただけるような記事を綴ってゆきたいと思っています。